債務超過
ある社長様とお話ししていた時のことです。社長様が「小さな会社は、数百万円の赤字を出すと、すぐに債務超過になってしまう。一旦そうなったら、銀行からお金を借りることも難しくなり、新しいことに取り組もうとしても、ちっとも前に進めない」とおっしゃったのです。債務超過とは、純資産の部がマイナスになることです。
貸借対照表の右側は、お金の調達源泉を意味します。企業が事業を行うために必要なお金をどこから調達しているのかを表しています。調達手段は大きく分けてふたつです。ひとつは自分(株主)が出資したお金です。これを「純資産」といいます。もうひとつは、他人から借りてきたお金です。銀行からの借り入れもこれにあたります。これが「負債」です。
しかし、「純資産」には、株主が出資したお金以外にもうひとつの源泉があります。それが、毎期の利益です。儲けから税金を払った後の純利益は、純資産の部に「繰越利益剰余金」として蓄積されます。資本金1,000万円の会社の純資産が2,000万円になっている場合には、こうした利益の蓄積があるわけです。
ところが、リーマンショックのような大きな経済変動が起こると、小さな会社はバッファが少ないため、その影響を直接受けてしまいます。単年度2,000万円の赤字になったりします。この損失は、純資産の部からマイナスされます。仮に純資産1,000万円の会社が2,000万円の赤字を出せば、純資産はマイナス1,000となり、債務超過となってしまいます。
このような極端なことが起こらなくても、10年間くらい経営していて、その内の5年は収支トントン、後の5年が、100万円~300万円の赤字、というような状況であれば、債務超過に陥っている可能性が高いです。
お金が借りられません
会社は同じことを続けているように見えても、お客様の変化や市場の動向に合わせて、変わり続ける必要があります。業界によって変化のスピードが違いますから、急速に変化する業界もあれば、十年一日のごとくほとんど変化しない業界も中にはあるでしょう。しかし、どのような商売でも、同じことを同じように続けていては、生き残ることは難しいです。松下幸之助さんも「日々新た」とよくおっしゃっていたそうですね。
そこで何か新たなことに取り組もうとした場合、新しい設備が必要になったり、新しい取引先を開拓する必要があったり、新しい知識やノウハウを導入する必要が生じたりします。知らないことをやるのですから、成果が出始めるまでに時間がかかることも多いでしょう。このため、お金が必要になります。
純資産の部が黒字の企業でも純資産の部が赤字で債務超過の企業でも、外部環境の変化は、同じように訪れます。ですから、債務超過の会社も新しいことに取り組まなければなりません。でも、債務超過ということは、もしその時点で全部の資産をお金に換えることができたとしても、借金を返しきれないという状態ですから、お金が足りていません。新しいことを始めようにも、お金がないのです。
そこで銀行にお金を貸してくださいと相談に行くのですが、債務超過になると、原則、銀行からお金を借りることができません。変わらないといけないときに、動けない。何も手を打てない状況に陥ってしまいます。
第二創業の高いハードル条件
債務超過に陥るくらいですから、既存事業があまりうまくいっていないわけです。そこで、既存事業をテコ入れしたり、新たな事業をスタートしたりする必要があります。これを「第二創業」ということがあります。たとえば、当社の以前の事業は教育事業でした。それを「強み経営」を軸とするコンサルティング事業に転換するようなものです。もっとも、コンサルティングも何かを教えて行動いただく、という点では教育と同じですが。
債務超過状態の小さな会社の多くが、手も足も縛られたような窮屈な経営を強いられています。自己責任といえばその通りですが、地域のいろいろな需要に対応して、地域の暮らしを豊かにし、地域の雇用を創出してきたのですから、何らかの公的な支援があっても良さそうなものです。そして、いくつかの制度があります。
たとえば、政府金融機関である日本政策金融公庫(日本公庫)には、第二創業や新事業展開を支援する新事業活動促進資金や資本制ローンという融資制度が設けられていますが、これらの制度を実際に利用しようとすると、なかなかハードルが高いです。
強みの価値を評価する
冒頭の社長様は、次のように話を続けられました。「どこの会社にも何か強みがあるだろう。たとえば、労災事故を何十年も起こしていないとか、社員の勤続年数が長いとか、独占的な商品があるとか、こうした貸借対照表に載っていない見えない資産をもし金額換算できれば、債務超過を解消できるのに」
貸借対照表(バランスシート)というくらいですから、左側の「資産」合計と、右側の「負債」と「純資産」の合計は同じ(バランス)になります。見えない資産の分、左側の資産の数字が大きくなれば、右側の合計額も大きくなります。お金を借りるわけではないので、増える分は「純資産」が増加するということになります。つまり、増える額にもよりますが、純資産のマイナスが解消できる訳です。
特許など一部の知的財産権は貸借対照表に計上できますが、「社員の勤続年数が長い」を金額換算はできませんし、換算して「資産」に計上することも、実際にはできません。しかし、これは良いアイデアです。貸借対照表に載っていないその会社の強みを評価するという考え方は、国が取り組んでいる「知的資産経営報告書」や京都府が独自制度として実施している「知恵の経営」ですでに行われています。
その会社独自の強みを伸ばして一番をめざす、という当社が提唱している強み経営も、基本はこうした考え方と同じです。ただ、社長のお話しを聞いて、強みを金銭換算するのは難しいですが、ポイント評価できたら面白いなあと思いました。実現までには時間がかかりそうですが、強みをポイント換算する仕組みは、研究する価値がありそうです。